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John Frusciante の表現 [アート・ロック]

 John Frusciante(ジョン・フルシアンテ)の音楽が面白くて、
このところ良く聴きます。昨年末に脱退したが、御存知レッチリ
(Red Hot Chili Peppers)のギタリストとして長年(2度)に渡り
活躍してきた人です。レッチリ自体は嫌いじゃないがあまり真剣には
聴こうと思わなかったバンド。しかし現時点での最新作(2006年)の
ベストセラー作、Stadium Arcadiumはエンターテインメントとしては
傑作であって。初期のおふざけキワモノ的路線からメンバーのドラッグ禍
(ヒレル・スロヴァクのオーバー・ドーズによる死。その後加入した
フルシアンテも90年代、6年間の脱退時には鬱と薬物依存で極めて深刻な
状態であったことが知られている。その後必死のリハビリで98年に復帰)など、
紆余曲折を経て辿り着いた一つの頂点であることは確かで、そこにはアメリカの
ショービズ、ひいてはその根幹にあるアメリカ社会とその欲望を映し出していると
思います。
 ただ、同時にこの作品を非凡なものとしたのはやはりフルシアンテの演奏表現、
編集の力であると感じられるのです。そんなことや、一昨年の
ロッキング・オン12号でのインタビューが興味深かったこともあって、
彼のソロ作品を聴くようになった訳です。そのインタビューでも、あるいは
実際のCD作でもわかるのですが、たいへん音楽的キャパシティーが広く(深く)、
また実際、演奏技術の高い人です。18才でレッチリに加入する前に、
その音源の殆どを完全コピーしていたとか、それ以前にもフランク・ザッパの
オーディションで最終選考まで残ったとか、明らかに神童なのですね。
これはファンク等の黒人音楽やジャズ系に通じていたでしょうし、その後、
マーズ・ヴォルタとの共演に見られるプログレへの接近。フガジとの交流にも
顕著なパンクスピリット。さらにクラシックの宗教音楽や音響系、現代音楽の
影響も聞くことができます。リスペクトするミュージシャン(特に精神面で)として、
ディペッシュ・モードのマーティン・ゴアとデイヴ・ガーン。
そしてヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターのピーター・ハミルを挙げています。
 「ポスト・ロック」という単語は既によく見かけるものです。フルシアンテは
少なくともレッチリの文脈ではそうとはとらえ難いのですが、ソロ作品での
表現は間違いなく、真のポスト・ロック史に身を置き、一たん相対化された地平からの
果敢な構築を、音楽(そこには個人の人智を超えたものやことわりが存在するとたびたび
発言している)に謙虚に向き合うところから行っているように観じられるのです。

エンピリアン.jpg

 上、2009作のザ・エンピリアン。大傑作。下は2001年、レッチリ復帰後初のソロ。
 ほぼ一人で宅録のようだが、繊細な息づかいが伝わるドローイング的秀作。

ÉAÉ^ÉNÉVÉA.jpg

 2004年には1年間で共同プロジェクトを含めて7枚ものCD作品を発表するが、
 上はその内、フガジのメンバー等とのプロジェクト、アタクシアのもの。この折、
 本人がPILの影響に言及していたが、確かにそのとおりの音。下はこの年、最初の
 発表作、シャドウ・コライド・ウィズ・ピープル。ポップで馴染み易いがやはり傑作。

 

 





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